ザ・ラージマン! 七夕編
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ザ・ラージマン! 七夕編
 
 おれの名前は賀正新年。何を隠そう、たった今振られたばかりだ。
「新年くん、口元が嫌らしいから、嫌い」
 それが彼女から浴びせられた最後の言葉である。初デートだった。七夕デートと洒落こんだ結果が、このざまだ。
 そりゃあないだろうと思う。口元が嫌らしいだなんて、見た目で振るぐらいならもともとデートになんてつき合うなよ、と思う。それでもおれが何一つとして文句を言うことができなかったのは、ミニスカートから伸びる彼女の太ももをやましい気持ちで凝視していたことは、紛れもない事実だったからだ。
 そういうわけだから、七月七日の白昼、おれは一人きりでお台場の喧騒の中をとぼとぼと歩いている。わざわざ演出しているわけではないけれど、いかにも傷心、という空気を身に纏っている自覚がある。
 そんなおれに声をかけるのは、
「うっそーお。まぁた振られちゃったのぉ?」
 女の子特有の高い声。聞き慣れた小憎たらしいこの声は、人間のものではない。
 きらりん、と音をたてて現れた、ハエのごとく羽根を生やした小さなヒトガタ。何のことはない、妖精である。
「うるさいな。ほっとけよ」
「だってーぇ。アタシが見てきた中でも、もう四回目だよお。お正月でしょーぅ、桃の節句でしょーぉ、端午の節句でしょーん。そして七夕ーぁ」
 きゃぴきゃぴと黄色い声で嗤う妖精。彼女は自称、クリスマスの妖精なのだそうだ。今年の一月一日、今日と同じように失恋で心を痛めていたおれの前に、突如として現れた存在。
 彼女は、遅れてやってきたクリスマスの妖精は、あの日おれにとんでもないクリスマスプレゼントをよこしたのである。それからというもの、妖精はおれに付き纏っている。
「あー、なんだよいちいちうるさいな。何がしたいんだよ。嫌がらせか」
「うっわー、怒らなくてもいいのにーぃ。イライラを他人にぶつけるなんてーぇ、サイテーだよっ」
 他人の古傷をほじくりかえす方が最低だと思う。
 おれは小蝿のやかましさに耐えかねて、とうとう妖精を叩き落とした。ぶぎゅわ、という声だか音だか分からないものが聞こえて、ようやく黄色い声は押し黙った。
「なーにーすーるーのーよぉ」
 と、思ったらお早い復活で。
「まぁ、いいわーぁ。新年くんもぉ、カガミモチのようなハートが傷ついてるんだろうしーぃ」
 許してもらう謂れもないのに「まぁいいわ」だなんて言われるのはとても癪だったのだけれど、これでこの妖精が少しは静かになってくれるのならば、それはそれで良しとしよう。
「で、今日はなんの用があって出てきたんだよ。まさか、おれの失恋を笑いにきたってわけじゃあないんだろ」
「え? えーっとね、それは……」
 妖精は見苦しいほどにうんうんとうなった後、
「あ、そうそう。新年くんの恋がぁ、今度こそ成就するようにぃ、笹を持ってきたのーぉ」
 絶対にたった今思いついたのであろう言葉を発して、妖精は小さな指をぱちりと鳴らす。すると、なんとまあ便利なことに、七夕といえばこれ、と言うべき笹と短冊とがきらりと出現した。
 クリスマスの妖精のくせに、七夕セットまで用意しているとはたいしたものだ。
「さあ、書いて書いてーぇ。願い事を書いてーぇ」
 ああ、うっとうしい。そもそも、筆記具がないのにどうすればいいというんだ。
「なにしてるのーぉ。早くーぅ、書こうよーぅ。今度こそ彼女ができま――」
 
「そうはさせるかーあ!」
 
 妖精の小うるさい声を掻き消すようにして、なにやらものすごい音量のデジタルヴォイスが、東京湾沿いの陸地にけたたましく響き渡った。
 声のした方を見てみると――いや、仰ぎ見ると、そこには巨大な雛人形(お雛様)のようなものが、東京湾にそびえ立っているのであった。
「七夕に願い事をさせないよう、今日は嫌がらせにきちゃったもんねーぇ!」
 
 妖精はクリスマスプレゼントと称して、おれにとんでもない能力を植え付けた。それはとても危険で、恐ろしい力。
 だけど、何かを守れる力。だからこそ、正しく使われるべき、神々しいほどの強大な能力。
 それは。
「来い、平行世界の力! おれに……正義の力をっ!」
 それは、もしかすると、おれに与えられた使命。
「変身。ザ・ラージマン!」
 身体の内から、身体の外(セカイ)から、猛々しい何かが押し寄せてくるのが分かる。中空を眺め続けていた目を正面に向けると、直前までは山のように見えていた雛人形が、おれの身長ほどになっている。足元を見ると、まるでミニチュア模型のようなお台場の姿が広がっていた。
 おれは、
 おれは巨大化していた。
 これが、妖精によってもたらされた力。平行世界より送られてくる力によって、一時的に与えられる巨人の姿。
 もう、この姿を見知らぬ大勢に見上げられることには慣れてしまった。ベージュの全身タイツというおぞましき姿。同じくベージュの目出し帽という、この世のものとは思えない姿。
 はじめて変身した時にタイツから突き出していたスネ毛は、今や完全に処理されている。股のふくらみも今となってはさしたる問題ではない。
 今や、この姿には何の抵抗もない。心にあるのは不安でも羞恥心でもなく、ただ一つの正義感だけ。
「ザ・ラージマン、参上」
 お台場を振るわせる、雄雄しき名乗り声。おれは巨大雛人形に向かって、ファイティングポーズをとった。
「ひゃーっ、ひゃっひゃっひゃ。出たなラージマン。今度こそは、この『ジャイアントお雛様改良機‐アンビリーバブル・デモンズ織姫九十二式』で、貴様をひねりつぶしてくれるわ」
 雛人形改め織姫型巨大ロボからは、聞き苦しい濁った男声が漏れ出でてくる。聞き覚えのあるこの声は、我らが宿敵『マッドマン左藤』である。妖精がおれに力を与えたのは、彼の悪事を止めるためなのだという。
「どこかで見たことがあると思ったら、四ヶ月も前に敗れ去ったロボットだったとはな。今度も返り討ちにしてやるぜ、マッドマン左藤」
「油断は禁物よラージマン。こいつ、あの時とは比べ物にならないくらい……強い」
 いつの間にか鼻の辺りを飛び回っていた妖精が、深刻な面持ちで言う。普通に喋ることができるのだから、普段からこうして欲しいものだ。
「うっひゃああああっ! いくぞーっ、ラーァジマーァァン」
 おれが妖精の声に応えるよりも先に、巨大ロボが奇声をあげて突っ込んでくる。ガードの姿勢をとると、腕に強力な平手を食らった。
 息が、一瞬止まる。あまりの衝撃に目が閉じる。
「ラージマン、あぶない!」
 妖精の声に目を開けると、おれの目には紅蓮の閃光が突き刺さった。ガードした腕が熱い。骨が、痺れるように痛い。何かが、腕の辺りで爆発したようだった。
「うひゃあーっ、ひゃっひゃっひゃっ。どうだ、新兵器『短冊爆弾』の威力はッ」
 眩しさと痛みに立ち竦んでいると、今度は背中に足に胸に腹に頭に、先ほどのものと同じ強烈な平手を食らってしまう。それから間もなく、全身が爆風に包まれた。
「きゃあああーーーーーーっ、ラージマン!」
 妖精の声を耳に、倒れ伏す。痺れる腕で目をこすると、ようやく世界が視界に戻る。再び突進してくる巨大ロボットの姿が、世界の端に見えた。
「まだまだだあーっ」
 雄たけびをあげて起き上がると、その勢いでデモンズ織姫を蹴り飛ばした。出てきた場所と同じ、東京湾に着水するロボット。巨大な波が起こり、お台場の町に襲い掛かる。
 ごめんよ、街のみんな。でも、平和のためなんだ。
「くっ、くそ。しぶといじゃないかラージマン。今の攻撃のおかげで、短冊爆弾添付装置が壊れてしまったよ」
 ご丁寧に、マシンの状況を報告してくれるマッドマン左藤。見た目の割には水に浮くことができるらしく、巨大ロボットは海上にゆっくりと立ち上がると、雑に結われているその御髪をこちらに向けた。
「だがしかぁし! 兵器はこれだけではないのだぁっ」
 髪の中から、なにやら細長いものが高速で飛び出してきた。おれは防ぐこともできず、ただ無防備にその攻撃を受けるばかり。
「うっひゃっ! どうだあ、三月の菱餅バズーカは交わされてしまったが、この笹の葉ミサイルには反応すらできまい」
「甘いな、左藤! こんな毛ばり、おれの『ラージマンスキン』にはどうということもないっ」
 叫びながら、おれは散々に踏み荒らされたお台場の街を駆け、巨大ロボットの方へと向かう。
「くっ、くそっ。火薬代を惜しまなければこんなことには……」
「今更泣き言を言っても遅いぜ、マッドマン左藤! 食らえ、ザ・ラージクロスチョップ!」
 海上で巻き起こる大爆発。これで、今日も東京都は守られたのだ。
「やったわね、ラージマン」
 
 一段落して、瓦礫の街に立つ巨人、すなわちおれ。
 どんな感謝の目を向けられているのかと人々の姿を見ていると、さっきおれを振った彼女が、見知らぬ男に寄り添いながら、おれのことを恐怖の眼差しで見上げている。
 なんだかちょっぴり切ないけれど、もはや慣れっこだ。
「さて、もとの姿に戻るかな」
 もとに戻るには、このタイツを脱ぐ必要がある。公衆の面前で、巨大なおれはタイツを脱ぐのだ。最初は恥ずかしかったけれど、今となっては仕方のないことと割り切っている。
「ちょっと待って、ラージマン」
 とりあえず目出し帽に手をかけていたおれを、妖精が呼び止める。
「なんだよ、脅威は去ったんだろう」
「いいえ、ラージマン……見て、あの空を」
 言われるがままに空を見上げる。するとそこでは、
「あ、日蝕か」
 皆既日蝕だった。というか、日蝕とはいえ肉眼で太陽を見てしまったじゃないか。
「ついに、この時が来たわ」
 どの時だよ。勝手にテンションを上げないでもらいたい。
「なに、何か問題でもあるのか」
「ええ、あれは……節句の皆既日蝕は、あいつの復活する合図」
「あいつって誰」
 読者も着いて来られていないのだろうが、主人公のおれだって置いてけぼりなのだ。いったいなんなんだ、この妖精は。
「あいつ。ええ、平行世界から、こちらの世界を侵食するためにやって来た、巨人の帝王」
 ロボットが爆発してからは穏やかだった波の音が、急にざわめきだす。東京湾に目を向けると、そこは鳴門海峡よりも激しく渦巻いているのだった。
「前代のラージマンは、やつを海底に封印したの。だけど……五世紀という時間は、その力を失ってしまった」
 おいおい、なにやら知らないうちに話が大きくなっているぞ。
 話の大きさと比例するようにして、海の渦も大きくなっていく。
「だからアタシは、あなたを新たなラージマンとして目覚めさせ、この時に備えていたの」
 お正月には、巨大ロボットの出現を予知していたとか言っていたくせに。
 渦の中心には、真っ白な突起物が見え始めていた。
「ごめんね、新年くん。ずっと、黙っていて。だけど戦って欲しいの。あの巨人……」
 とうとう、渦の中心にいたモノが、その全容を明らかにする。
「マスクドビアンカ・ジ・マッスル。並行世界の神と!」
 それは、真っ白な仮面に顔を隠した、全身白タイツの巨人だった。タイツの上からでも分かる隆々とした肉体に、頭三つ分はあるであろう、仮面についた巨大な角。
 誰が予想できただろう。あの巨人による、恐怖と暗黒に満ちた、空白の時代を。
 誰もが期待しているであろう、ベージュの巨人、ザ・ラージマンによる世界の奪還を。
 そして、誰が望んだのだろう、マッドマン左藤の技術力による、正義の巨人の強化を。
「ラージマンだと? フフ、我の肉体から零れ落ちたゴミか。砕け散るが良い」
「戦って、ザ・ラージマン!」
「うひゃひゃ、ラージマン、このモミノキブレードを持っていけぃ」
「ラージマン、タイツがいやらしいから、嫌い」
 おれたちの戦いは、今、ここからはじまる。
 
――To Be Continued――
 
 
・・・あとがきもどき
 
 
 すみません。こんなひどいもの書いて。小説ってものに謝ってきます。許してもらえるとは思えないから、せめて、なかったことにしてもらいたいです。あれ? 願望大きくなってるね。
 ちなみにこれは、「七夕」「日蝕」「海」という三つのお題に沿って、一晩で書き上げたものです。