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負け星ひとつ
 
 
 うわさ話が広まるのに半日もかからないような狭い社会だ。人を探す時だって、見つからないほうが奇跡だろう。
 当然奇跡なんてそうそう起こるものじゃなくて、おれの探していた人物は、探す間もなく見つかった。
 何か特徴があるというわけではないけれど、村の中では一応の有名人である彼女の顔は実際に会ったことのないおれの目にだって焼きついている。たった今花屋から出てきた、カジュアルな服装に身を包む彼女はいつか見た小さな記事の写真と同じひとに違いない。
「こんにちは」
 初対面であるはずの彼女はおれの顔を見るなり気さくそうに微笑むと、まるで赤ん坊をあやす時のような声音で言った。記事の内容によると、おれと有名人との年の差は六つだった。
「あの」
 人を子供扱いするやつに返す挨拶なんてない。できるだけむっとして問いかける。
「エチュードさんですか?」
 有名人はますます年少者を見る顔になり、
「うん、そうだよ」
 おれより年下の、それも少年のようだった。それが余計におれをむかつかせた。
 
 エチュードは三年前から今までずっと、この村において最年少の魔法使いである。当時彼女が十四歳にして魔法使いになった時にはちょっとした話題になって、彼女のことは地域紙の記事なんかにも載っていた。
 魔法使いと呼ばれるためには、魔法を使う職に就くことが条件だ。だから、単に魔法を使えるだけのおれはまだ魔法使いじゃない。
 エチュードの仕事は、飾りつけである。それもただの飾りつけじゃない。年に一度のクリスマスイブ、村で一番大きなもみの木のてっぺんに大きな星型を乗せるのだ。これは、村の中でたった一人しか請け負うことのできない特別な仕事である。
 そしてそれは、ずっと前からおれの夢だった。いや、今だってそう。だからこそおれはエチュードに会いたかったのだ。なぜって、それは――
「決闘だ!」
 自分でも恥ずかしくなるような大きくて裏返った声が、知り合いだらけの一本道にこだました。
 名前は知らないけれどよく挨拶を交わす花屋のおばちゃんがおれに、きょとんとするエチュードを挟んで楽しそうに手を振っている。
 おばちゃんのことが嫌いになりそうだ。
「決闘って……何をやるの?」
 とうとう腰を曲げて、エチュードはおれの目線に顔を合わせるようにした。にこやかな困り顔が、おれにはどうにも憎々しい。
「そっ、そんなの決まってるよ」
 悔しくて悔しくてたまらない。だってこの有名人ときたら、おれのことを子供としか見ていないんだから。おれに自分のポジションを乗っ取られるかも知れないっていうのに、エチュードは目下の者を見るような顔で笑っているのだ。
 だけどこれは当然なのかもしれない。いや、こうでなくっちゃあいけないのだ。
「木の上に星を乗せる勝負です」
 同じ目線のエチュードをにらみつける。おれの顔が怖かったのかは分からないけれど、エチュードは曲げていた腰をぐいっと伸ばして顔を遠ざけた。
 よし、いい感じだ。おれは今からこのひとに、おれっていう存在を認めさせてやるのだ。
 
 そうはいうものの、自信があるかといえば実はそうでもなかった。
 そりゃあエチュードのやっていることぐらいおれにだってできるさ。星型を木のてっぺんに出現させればいいだけ。今までに何度も練習して、最近ではめったに失敗しない。家の前の低い木にではあるけれど、しっかりとバランスよく乗せることだってできる。
 そうは言っても相手はプロだ。おれと彼女でどこがどう違うのかなんてまったく想像できないけれど、だからこそおれは自惚れることも、劣等感を感じることもできないでいるのだ。
 だけど今日、それがはっきりする。しかもこれからの勝負でおれが勝ったなら、明日がおれの夢にまで見た初仕事になるかもしれない。
 そう、きょうは十二月二十三日。クリスマスイブを明日に控えた、エチュードを降板させるにはちょうどいい時なのだ。
 
 エチュードに連れられてやってきたのは、村のはずれにある大きなもみの木の下だった。村一番のものではないけれど、それでも根元に立って見上げるととんでもなく大きい。天にもとどく、とまではいかないまでも、もうちょっとで空にだってさわれそうな大きさ。
「この木でいいかな」
「う、うん」
 村一番の木はこれよりももっと大きいんだから、この木ぐらいの大きさじゃないと勝負をするには話にならないんだろうけれど……、家の前にあるものとは比べ物にならないほどの大きさに、おれは少しだけ不安になった。
「どんなルールにする?」
 おれがぼうっとしていたせいか、エチュードの声は遠くに聞こえた。すぐ隣に立つ有名人の横顔は、じっと木のてっぺんをにらみつけている。このひとが最初からこんな顔をしていたら、おれは声をかけることができなかったかもしれない。
「えっと……」
 エチュードに負けないように、木のてっぺんをにらみつける。だけどどうしても、エチュードのいる方が気になる。
「先に、星を乗せた方の、勝ち」
 喉が渇く。声が震えていやしないか、心配でたまらなかった。
「うん、わかった」
 エチュードはちょっとだけこっちを向いて、口を引き締めた真剣そうな顔でおれを見た。いつか見た写真の中の彼女がこんな顔をしていたら、このひとはおれの敵じゃなくって、憧れになっていたに違いない。
「じゃあ、きみが三つ数えてよ。それで、早く星を乗せた方の勝ち」
 黙ってうなずいた。頭の中は真っ白だった。本当は、決闘の方法なんて考えていなかったのだ。
 エチュードのやっていることぐらい自分にだってできる。それを、本人の前で証明したかっただけ。
「か、数えます」
 声は、自分で聞いても情けないぐらいにか細い。
「いぃち」
 それでも数え始めてみると、不安がっている場合じゃないって思えるようになってきた。
「にーぃ」
 声が大きくなったと、自分でも分かる。瞬きをしそうになって目を見開くと、いつの間に忘れていたのかは分からないけれど、勝ちたいっていう気持ちがどうしようもないくらいにあふれ出してきた。
「さんッ」
 言い終わる直前におれは両手を振り上げ、木のてっぺんに精神を集中させた。
エチュードにとって、この短く切った「さん」は不意打ちだろう。完璧なフライングだ。だけどわざとやったことじゃない。勝ちたいっていう思いが、俺の身体をはじいたのだ。
一瞬遅れて隣から、「えいっ」というエチュードのかけ声が聞こえた。
 
 木の上できらきらと輝く星型を見て、純粋にきれいだな、と思った。星はおれがそう思うのを待っていたかのように、よりいっそう輝く光の粒になって消えた。
「ありがとう。あたしの星、きれいだって思ってくれたんだね」
 嬉しそうな声。おれはエチュードの顔を見られずに、何もなくなった木の上をただ見上げていた。
たった今光となって消えた星を、もしかしたら自分が出した星かもしれないだなんて考えるのはあまりに楽観的過ぎた。
「きみは星を出す時、どんな思いをこめたの?」
「かっ、勝ちたいって」
 静かな声に、おれは即答した。早く答えておかないと、泣き出してしまいそうだから。
「そっか」
 じゃり、じゃり。エチュードの歩く気配。ふとすれば視界のすみっこに彼女の姿が入ってしまいそうで、おれはとにかく木のてっぺんに集中した。
「きみ、名前なんていうの?」
 すぐ近くに声がする。
「タブロゥ」
 まだぎりぎりで泣き出さずにすんだ。だけど上を向いた目の中には、悔しさが溜まりはじめていた。
「そっか」
 見上げたその先で、エチュードの顔がぼやけている。彼女の表情が分からなくて、目をそらすのもカッコ悪くて、おれはぼやけたエチュードを、ぐっとにらみつけることにした。
 ぎゅっと握り締めた手を、ひんやりとした手が包む。拳をゆるめると、小さな何かが手渡された。泥で汚れているようだった。
「タブロゥ君の星、いつか消えるといいね」
 ぼやけた顔がすっと動き、足音が遠ざかる。それでもおれは、同じ格好のまま動けない。
「あ、あの」
 完全に泣いている声。
「エチュードさんはクリスマスの星を出す時っ」
 こんなに情けない声、出さなければいいのに。
「どんな思いを、こめるんですか」
 足音が止まる。それがなんだか嬉しくて、泣きながら、少しだけ笑いそうだった。
「それはトップシークレットなんだけどね――」
 冗談めかした声。今はきっと、写真と同じ顔をしているんだろうな。
「クリスマスが終わるまで、村のみんなが、あたしの星をみて楽しんでくれますようにって」
 それからエチュードが遠ざかっていったのか、それともまだ立ち止まった場所にいるのか分からなかった。
 わからなかったけれどおれは、下を向くのと同時に、足元だけを見て走り出した。
 
 村一番の大きなモミの木は、おれの部屋からでもちらりと見える。そのてっぺんの星型はきらきらと光って、去年にも増してきれいに見える。
 そのあんまりにも悔しい光景に、おれは机の上の星型を取り上げて目の前にもっていき、ツリーの星がちょうど隠れるようにした。
 よぅく見ればなんとなく光っている、小さくてごつごつした星型。普段のおれに比べれば、信じられないくらいの失敗作だ。
 勝つまで消えない負け星ひとつ、消えてくれるのはいつだろう。
 来年のクリスマスが、この星が消えているかも知れないクリスマスが、今から楽しみでたまらない。
 

つづく……?